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いじめ 自殺 子供 教育 親 先生 履修不足 文科省?

 ここのところ学校でのいじめ、そして虐められた子供が自殺というニュースがあふれて聞こえてくる。自然にテレビのニュースから聞こえてくる。

 最近思うのだが、最近の子供は「死」という考えがそんなに簡単に産まれてくる物なのだろうか。そこまで人生を生きたのか?たかだか10数年生きただけで、産まれて来なければ良かったと「死」を選ぶのか?何かちょっとしたことですぐに「死」「もう僕なんか居ない方が良いんだ。」

 死ぬ、自殺する、自殺したらどうなる?いじめで自殺して何が変わるのだ?いじめられていたという事実を解って貰いたいのか?あなたが自殺したところで世の中は何も変わらないよ。大人も社会も変わるわけがない。だってあなたのこと知らないもん。困る、悲しむのはあなたのことを好きだった人、愛していた人、両親、姉弟、親類、友達だけだよ。一番あなたを思っている人が悲しむだけ。いじめた子なんかはそんなに影響ない。死んだところで楽になんかなれないよ。死ぬ前にやるべき事はいっぱいあるはずでしょう。

 先生に言っても変わらない?親に言っても変わらない?変わるわけがない。だって本人じゃないから。どうすればいい?あなたが変わるしかない。いじめられている子が変わらなければ今後大人になってもいじめられる可能性はあるわけです。「なら、いじめられている側に原因があるって言うの?」。。。どうだろう、無いとも言い切れないし、有るとも言い切れない。はっきり言えば両方に何かしらの原因はあるわけだとは思う。でも、いじめられたくは無いんでしょ?ならその防御方法は自分で自分を変えていくと言う事がはっきり言えば一番だと思う。親や先生に自分のいじめを辞めさせてくれと言ってもそうそう変わらないと思う。これからの人生を生き抜くには自分自身がそこで成長しなければいけないのよ。生きていけないのよ。「死ぬ」という思い切ったことが出来るなら「自分を変える」という思い切ったことも出来るんじゃないの?、いじめられて悔しい、なら変わって見返してやるくらい考えてみたら?やり返すとかしてみたって相手が多いなら人数にはかなうわけがない。学校生活って言うのは親は関係ない。先生も関係ない。あくまで生徒同士の社会だ。同年代の子との社会、人間関係なわけですよ。親も先生もその子供同士の社会の本質にはどうあがいても介入することなんかは出来ない。やろうとしても、やったとしても本質には触れることなど出来ないのよ。人間関係、それを構築するのは自分自身でしかない。そりゃサポートとして先生や親はいるけれども、あくまで己の身は己で守るしかない。それは大人であろうが子供であろうが同じなんじゃない?ましてや中学生以上になれば事の善し悪しはわかっているはずだし、自分の考えは出来てるはずだ。

 ついには言うところが無くなって文部科学省の大臣宛に自殺予告分?自殺証明?いじめを訴える?一人が書いたから次から次へ同じような行動を起こす。それも確かにひとつの手だよ、文科省が公にし、メディアが取り上げれば話題になるし、でもね、それをやっても何の解決にもならない。一時のことだよ。誰かに相談し、解決の道を探るなら言い。助けを求め全部任せても変わらないよ。変わるのは表面的な部分だけ。最終的には自分自身です。

 いじめてる方も傷つく?ふざけんな。いじめてる奴に罪悪感なんかとうにあるわけがない。最初は抵抗有るだろうけれども、みんながやっている、周りがそうならその罪悪感なんか消え失せるのですよ。で、自殺して周りが攻めるのは学校や先生。いじめた子はショックを受けたふりをしていれば心的外傷後ストレス症候群とかで精神的な病のふりをしていれば逆に周りから助けて貰える。そりゃ実際にこの様な状況で精神的にショックを受け病気になってしまう子供たちはいるはずだけれども、自分が相手の子を自殺に追い込んだくせに苦しむな。そんなことなら最初からいじめになんか荷担するなよ。先生がいじめ始めたから自分もやって良いと思った?アホか。中学生だろ?事の善し悪し解ってるんだろ?そりゃ確かに先生がいじめるって言うのは悪い。でも実際多いと思う、でもさ、いじめたのはあなた自身。それは先生の責任ではなく、いじめた子自身の責任よ。で、世の中は最初にいじめ始めた先生を「総攻撃」する。不思議だよね。大人はずるい、信用できない?子供はどうだい?いじめをした子供たちよ。君たちも相当ずるいし。

 先生も日教組どうのこうの、日の丸君が代どうのこうのを裁判とかで訴える時間があるのならば、本業をちゃんとやって欲しい。児童買春する教師、飲酒運転する教師、盗撮する教師、そりゃ全ての教師じゃないけれども、せっかく教師という素晴らしい職業を選んだ方たちなのだから、本来は素晴らしい方たちのはずだと思う。子供の見本、手本となる教師のはず。帯を締め直し考え直して頑張って欲しい。

 先生に対する親からのいじめも今回有りましたね。新人先生にあーでもないこーでもない、親が教師をいじめて自殺に追い込む。こんな親なら子供もいじめをするんでしょうね。大学出たての新人先生を何故そこまで追い込むのか?子供に対して先生への欲求強すぎるんじゃない?学校って言うのは社会への第一歩を教える場所のはず、そこにそこまで親が「ガツガツ」入っていくのも何か「違う」と思ってしまう。周りがそうだから親もそうしないといけないと思ってしまうのもあるんでしょう、逆に親同士のいじめって言うのもありますからね。

 なんだよ、偉そうに変われ変われって、おまえは何を知っている?当事者でもなければ専門家でもなければ教師でも親でもないだろう?・・・確かにそうだ。ただ、全ての人と同じように小学校中学校高校生活を過ぎた人間だ。ただ、いじめをしたこともあれば、いじめられたこともある。その過程から考えると結局自分が変わっていくしか道はない。

 先生からのいじめ、受けたこと有りますね、小学校1年の時今でも忘れない初めて学校に入って初めて受け持って貰った担任の先生。いじめられましたね。小学校一年生なのに先生は「◎◎君は字が汚い」と、言いクラス全員に順番に俺のノートを回す。順番に回してくる、もちろん俺の席にもノートは回ってくる、無言の圧力で自分のノートをまた次の子に回す、どこからか「うわっ汚い字!」と聞こえてくる。物凄く胸が痛かったことを未だに覚えてはいる、あのとき学校に行きたくなかった。今思うと小学校一年生の字に綺麗も汚いもあるもんか!と思うのだが、一人の生徒の不得意な部分をクラス中に公にする先生。それは苦痛でしかないのよ、しかも一年生。今思うと小学校一年生の文字に綺麗も汚いも有った物かと疑問に思うし、字が汚いと絵が下手になんか差があるのだろうか?絵が下手な子をそこまで貶すことをするだろうか?字が汚い、絵が下手、その差、未だにあの担任が何故そのような行為をしたのかがさっぱり解らない。生まれて初めての先生が一番嫌いな教師ですね、好きな先生も一杯いた、小学校五年の時先生をクラス全員でいじめて担任を降ろさせた事があった。翌年六年のとき新しく担任についた先生が素晴らしかった。全部体当たりできた、楽しかったし、クラス中が友達だった。誰一人外れることなくみんなが友人。これは今までの学校生活で一回こっきりだろう。生徒全員をまとめ上げた先生は未だに尊敬している。先生がガキ大将だったのでみんな先生大好きだった。中学生の頃は良い言葉を言ってくれた先生が居た、以前にも書いたが私は右耳が聞こえない。それに対して担任の先生は片眼が義眼、「2つある物は1個がダメになってもそれを補うために2つあるんだよ。」とその先生だからこそ、目に障害がある先生だからこそ言える言葉だ。そう、先生のひとつひとつの行動、言動って言うのは子供の後々にまで影響を与えることを知っていて貰いたい。子供の心にはそれが自分で思っているよりもかなり大きな影響力があることも知って居てほしいと想う。教師が生徒をいじめる。それはあってはならない、でも怒るときは怒れ、暴力だと最近はダメってされているけど、有る程度「叩く」って言うことも必要だと思うよ。教師が生徒を、俺もかなり叩かれたし・・・、

 何故メディアもメディアで責任を問うのか。何処に責任があるのかばっかりを追っている様に見える。やれ学校が悪い、いじめた子が悪い、先生が悪い、いじめられる子に原因がある。教育委員会が悪い、親が悪い、社会が悪い。文部科学省が悪い。で、先生がいじめていたと言うことが解れば総先生袋だたき、この問題だけじゃないにもせよ一番人間をいじめているのはメディアだと思う。何かあれば総攻撃。「責任はお感じですか?」まぁ、それがメディアの仕事と言えば仕事ですから、それを変えることは出来ないし、変えてしまったら仕事にもならないし役割を果たせないから仕方ないのでしょうけれど、あの、報道陣がどやどやとよってたかって一人を責め立てるあの映像は良くないでしょうね、と、ふと思うことがある。もっと身近に持ってくるとブログの炎上っていじめの一種ですよね。一ヶ所をよってたかって総攻撃。結局人間という物は人数が多い物が弱者を攻撃すると言う構図が崩れることはない。昔で言えば村八分、はぶんちょって奴ですよ。それは人間の文化のひとつであり、決して無くなることのない文化だと思う。だからこそ集団生活というのを教え込まなければいけない。それが学校だよね。

 話は変わるが、受験を優先させるあまり単位が足りない?これもまたなんとも言えないですね。合格率上げれば学校の評判は上がるけど、結局全て困るのは生徒たちなのに。今在学中の子は補修で単位獲らなければいけないし、しかも受験目前よ、後数ヶ月で本番よ、そんな時期に受験に無い教科の単位を補修で習得、これほど受験生に辛いことはない。それにちゃんとした学校の生徒は「ずるい!」って思うだろうしね。自分たちはちゃんと履修してたのに、あの学校の子達はずるい!ってね、それに今までその方法で単位足りないまま卒業しちゃった子も必要な知識がないまま世の中に出る。地理知らない?世界史知らない?日本史知らない?まぁ俺も覚えてないけどさ、何となく記憶のどこかにその知識があることによって、話が理解できたりするのよ、他の子供たちとそこの知識の差。まぁ生活に景況はないけど、少し可哀想よね。お金払って学校通って居るんだから全て教えて欲しい物ですよね。ただ、日本史が必修じゃないのにはビックリした。なんで日本史必修じゃないの?これが原因だよね、歴史を知らない日本人が多くなるのは。だからといって世界史も地理も知らない。社会に弱い日本人だよね。

 話を戻すけれども、いじめられないようにするには変わるしかないと書いたが、「死」を選ぼうとしている子供たち。助けは求めないさい、自分自身でどうしようもないくらい追いつめられたとき助けを求めなさい。変わろうとしても無理だったとき、助けを求めなさい。助けを求めても大人が助けてくれなかったとき、耐えなさい。切っ掛けを探しなさい。そのいじめの連鎖から抜け出す切っ掛けは必ずどこかにある。クラス替え、中学高校大学への進学、それに限らず何かしらの切っ掛けはいつか必ずどこかに訪れる。そのタイミングを見計らいいじめの連鎖から抜け出しなさい。 その切っ掛けの第一歩はあなたの成長です。「死」を選ぶことほど愚かなことはない。以前知人が鬱病で自殺した。特に私自身が親しく付き合っていた友人ではないが、仕事での同僚だった人だ。自殺し、その後どうなる?焼かれて骨になるだけ。周りには恋人、家族、友人の涙。ただ、悲しみの顔しかない。参列した人たちは?時がたてばあなたのことは忘れてしまう。完全に忘れはしないだろうけど、時と共に考える時間はほぼ無くなっていく物だ。そう考えると、死んだら損だよ。あなたの事などみんな忘れてしまう、覚えているのは親兄弟だけ、友人も忘れはしないが考える時間は減っていく。せっかく産まれてきたのなら、どうせいつかは死ぬ命、何か考えてみてくれ。死を選ぶ前に・・・。

 いじめを犯罪に定義できないだろうか。暴力が有れば逮捕とか出来るんでしょうけど、無視とかで自尊心を傷つけられたって感じで・・ズボン降ろされたって被害はわいせつ物陳列罪幇助とか・・・傷害罪とか、名誉毀損で訴えるとか。・・いじめられた子が自殺したらいじめた子を殺人罪未遂、幇助にするとか。そんなことになったら普通に混乱起きるから難しそうですね。って言うか書いた本人支持できないわ。やっぱりいじめられたら訴える!法廷に!有りもしない噂なら名誉毀損とか、物壊されたら器物損害とか、叩かれたら傷害罪。うーん子供だけでは無理ですしね。何か良い方法はない物か・・・。ってこれはジョークです。でも、いじめた子が何のおとがめがないのはどうにも理不尽、そのいじめた行為に合わせそれを立証し何かしらの罰則とかも必要だと思う。いじめはいけないと言う何かが欲しいところです。

 先生も素晴らしい方は多くいらっしゃいます。いじめを親身に解決して行く先生ももちろん居れば、学校外で学校や家で居場所の無くなった子供たちを迎え入れる大人たちもいる。大人に助けを求め、ちゃんと解決できるのが確かに素晴らしいとは思う。でも全ての大人が解決できる術を持っているわけではないので、私が言いたいのは、いじめから脱却する最速の方法は自分自信で解決、突破することだと言いたいだけです。文科省に甘えた所で解決には至らないよ。全てはあなたの人生なのだから。死ぬも生きるもあなたの人生。行くも退くも、勝負も逃げるもあなたの人生。ただ、産まれると、死ぬは人生で一度きりしか出来ません。一度きりしかできないことは自分の意志で行うことではない。産まれることは自分の意志ではない、だからといって死ぬことを自分の意志で決めてもいいのかしら? 「死ぬ」「自殺する」という脅しで文科省を脅迫してない?大人を試してない?こうまで言えばきっと大人は助けてくれるって思ってない?その姿勢がいじめに繋がってるとか考えられない?それずるいよ。ずるい考えだよと思えるのも確かです。

 最初に書いたが、何故最近の子供は「死」を簡単に考えるのだろうか、最近の子供は。「死」が身近な事なのだろうか?この時点で「死」を考えてしまうなら長い人生命がいくつあっても足りないよ。将来今の子供たちが大人になったら何か有るとすぐみんな死ぬのか?でも、その反面楽しいこともいっぱいあるから生きていく希望が生まれることもあるので、死なないことをオススメはする。ただ、あなたの人生です。人生は二択。するか、しないかだけ。死ぬことはいつでも出来る、ただそれは一度きり。挑戦は何度でも出来る。死ぬまで・・・・。

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